藤田英典(1997)『教育改革:共生時代の学校づくり』はじめに~1章

藤田は著書のタイトルにある「共生時代の学校づくり」からわかるように、終章にて学校選択か、学校づくりかの2択を持ち込み後者の立場を取っている。また中曽根政権下での教育改革を欧米と比較し、両者ともに、市場化・自由化の道を歩む点では共通しているが、前者は「ゆとりと個性」、後者は「卓越性」を目指した点では一線を画しているとする(p.40)。そしてこの「個性」を制服で抑圧されるものではなく、
 
「同じような教科書を使い、同じような服装で、同じように扱われても、それでも相互に違いが生じてしまうわけだが、その違いを生じさせるもの、その核にあるもの」(p.47)
 
としている。ただ、ここでいう個性はその人間に備わっている内面的な側面における「かけがえのなさ」に近しいものに限定しており、これまでの学校の画一性の課題である「同じような教科書を使い、同じような服装で、同じように扱われ」ることや、同じペースで授業が進んでしまうこと自体の課題は、筆者の「共生時代の学校づくり」でどのように克服されるのか、あるいはされないのであればなぜ不要なのかは言及されていない。
 
平たく言ってしまえば、着たい服を着られない、自分の進度で学習を進められないといった、画一性を強いられることによる自己決定の不可がなぜ学校教育で許されるのか?については教育改革に焦点を当てすぎたことにより、不問のままという恰好になっている。故に、何度も指摘されてきている画一性の何が筆者の学校づくりには保持されるべき必要なものかが見えない為、他の読者も抱いているような「『共生時代の学校づくり』って結局何なのよ」感が既存の学校の画一性と比較できず、読後感としてはイマイチな印象を受ける。
 ただ、教育改革における理念的立場の4つの整理や、教育改革3つの整理、そして中軸原則の整理など、類型化は非常にわかりやすく整理されており、中教審答申「令和の日本型学校教育」の構築を目指して」ではこれまでの教育改革についてどのような見解で、今回の答申はどの類型に近しいのか自身の見解を聞きたいところである。
 あまり初めから言いすぎてしまうと終章での私見を1章で完結させてしまうため、一旦はここまで。
 
 
iv 学校は地域の人びとにとって共同性の基盤として存在している
 
vii
選択と共生ー民主主義社会の二大理念
 
パブリック·スペースとしての学校
「公論」という価値もまた民主主義社会の基本理念の一つであるが、それは、公共性に関わる諸現象を公論の対象にし、社会的(集合的)な選択・決定をしていく場を支える価値であると同時に、その場とプロセスを支配するルールでもある
 
選択、市場化=共同性の希薄化
ix 学校教育はすぐれて公共的な営みであるから、常に公論の対象となり、人びとの合意のもとにその在り方が決められていくべきものである。その意味で、教育のあり方は、政策の専門家である文部省や中教審が独占的に決められていくべきものでないし、また、教育の専門家である教師・学校が独占的に決めていくべきものでもない。
 
x 学校は公論の対象としての地位から市場における商品の地位に転落することになる。
第一章 教育改革の時代
1 岐路に立つ日本の教育
p.2岐れ道の性質
アメリカの教育が二〇世紀後半以降にたどったように、教育に市場原理を導入し、教育の個別化・自由化・私事化を推し進めるのか、それとも 日本的なあり方を模索するのかという岐れ道
 
四つの理念的立場
①市場主義、自由主義
②統制主義、社会主義
③救済主義(①の修正)
改良主義(②の修正)
p.6-7「第三の教育改革」とポストモダン
日本の教育はこれまで、基本的には改良主義の立場から計画され組織されてきた。 
第一の教育改革6-7
明治期の学校制度の創設は、近代社会への旅立ち
第二の教育改革
戦後 教育の民主化・大衆化・平等化
第三の教育改革
経済社会の流動化・グローバル化に対応するために、教育の個性化・自由化・国際化が目指されている

 

 
4「再構造化」時代の教育改革 40 
欧米と逆行する日本
一九八〇年代半ば以降の日本の教育改革は、教育の個性化・多様化・弾力化、さらには、自由化・市場化を基調にして展開している。一九八四年、当時の中曽根首相により、内閣総理大臣の諮問機関として臨時教育審議会が設置され、八七年までの四年間に四次にわたる答申を行ったが、その基調はそれ以来のものである。もっとも、自由化(市場化)については臨教審内部でも論争になり、スローガンとしては、第一次答申にいたるまでに、「教育の自由化」から 「個性主義」「個性重視の原則」へと変更されることになった。しかし、その後の改革動向は、 自由化・市場化が前提となって展開しているように見受けられる。
 
その意味では、日本の改革動向は欧米のそれと軌を一にしているといえる。しかし、もう一方で、その目標面で、日本の改革動向が欧米諸国のそれと逆方向を向いていることも確かである。欧米では「卓越性」が追求されているのに対して日本の場合、とくに初等・中等教育の改革でスローガンになっているのは「ゆとりと個性」であり、そのためには学校過剰・教育過剰ともいうべき現状を変えていく必要があるといわれている。効率を犠牲にしても、子どもの生活をゆとりとうるおいのあるものにしなければならない。学校を、多様な個性が尊重され、生かされる場にしていかなければならない、といわれている。 このような違いが生じる理由の一つは、英米と日本とのこれまでの教育のあり方の違いにある。英米では、七〇年代までの改革が子どもの自由と個性を拡大するものであり、八〇年代以 降の改革動向は、その反動という性質をもっている。それに対して日本の場合、中央集権制、 画一性、管理主義、受験競争などが特徴となってきた。その違いが、逆方向の改革になる背景となっている。
 
しかし、ここでもう一つ注目すべき点は、そうした日本の教育の諸特徴は、欧米諸国が日本の学校教育の卓越性の基盤ではないかと見ていることである。ちょうど一九七〇年代以降、日 本経済の成功を目のあたりにして、その成功の秘密を日本的経営や企業社会のあり方に求めた ように、学校教育についても同様の関心が払われている。そして、この経済と教育の対応性を どう見るかが、こんにちの日本において、現在進められているような教育改革を支持するか、 筆者のようにそれを否定的にとらえるかという、スタンスの違いの重要な源泉の一つになっている。

 

 
47.
それどころか、学校に対する愛着や誇りの源泉として、あるいは、集団統合のシンボルとして、むしろポジティブに評 価される場合が少なくない。なぜ公立の制服は個性を抑圧するものとして批判の対象になり、 私立の制服はポジティブに評価されるのであろうか。なぜ人びとは、公立の制服と私立の制服に異なった評価基準を適用するのだろうか。こうした、いわゆるダブル・スタンダードを自明のものとして許容させているものは何であろうか。
 さらにいえば、そもそも制服によって抑圧される個性とはどのようなものであろうか。全国的に共通の内容を盛りこんだ教科書を使い、四〇人ものクラスで一斉指導が行われているから個性が抑圧されているのだとしたら、そこで抑圧されている個性とはどのような個性であろうか。同じような教科書を使い、同じような服装で、同じように扱われても、それでも相互に違 いが生じてしまうわけだが、その違いを生じさせるもの、その核にあるものこそ、個性ではないのだろうか。個性化教育論の支持者はこのような素朴な疑問にどう答えるであろうか。 アメリカでもカトリック系の学校は小学校からハイスクールまで制服を採用しており、最近は公立学校でも制服を導入したほうがよいという意見も増えているが、それは個性を抑圧することにならないのだろうか。

 

 
いまなぜ教育改革か:四つの背景49
1教育病理
2 加熱する受験競争、管理主義教育、画一的教育、硬直的な教育制度
3 大規模な社会変化とそれへの対応の必要性
4 生活様式と価値観が多様化するなかで教育に対する期待や考え方も多様化し、「個 性」への関心や権利意識も高まってきたこと