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教育を受ける権利と受けさせる義務、間(はざま)で揺れる中学生

 中学生が抱えるジレンマってご存知ですか?

今日はそのジレンマについて少し書いてみようと思います。

 

 1.教育を受ける権利と義務について

 

 まず、教育を受ける権利と義務について確認します。日本国憲法には、教育を受ける権利と受けさせる義務が規定されています。

第26条 教育を受ける権利、教育の義務

 第1項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

 第2項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。 義務教育は、これを無償とする。

 受ける権利は国民全員に、受けさせる義務は現社会では親に付されています。それ故、中学生は教育を受ける権利を有していますが、憲法の規定上では教育においてなんら義務を負っていないことがわかります。

 

 2.高校への進学率

 

 次に、中学校卒業後の最も大きな進路先である高校について確認します。中学校を卒業した後、ほとんどの人は高校に行きます。文科省も「現在、高等学校への進学率は97パーセントを超えており」と書いていることからも、それはわかります。高等学校教育:文部科学省

その現状を踏まえると、高等学校は義務教育状態にあると言っていいでしょう。

 

3.高校受験

 

 高校に進学するためには、学校の社会的機能の3つのうちの1つの選抜・配分を受ける、つまり高校受験を受けなくてはなりません。*1

 

 その高校受験は大きく3つに分かれて行われます。:①調査書②筆記試験③面接試験。神奈川県では①:②:③=2:6:2、3:5:2、4:4:2といった割合があります。進学校であればあるほど②の割合が高い場合が多いです。つまり、難関校であればあるほど試験の割合が高く、そのレベルが下がれば下がる程、調査書の割合が高いのです。

 

4.調査書の呪縛

 

 そのため、勉強ができる子は調査書の割合上は学校での立ち振る舞いをさほど気にする必要はありませんが、レベルが低い高校を志望する中学生は前者の彼らは気にしなければなりません。しかし、レベルが高い子も1点で勝負が決まる激しい競争ですから、調査書を無視することは出来ません。それ故、レベルの高い低いに関わらず受験を意識し始めた途端(神奈川県は中2の成績から調査書に入る)、学校に出来る限り行かなければならず、先生の顔色を伺ってくびくしながら授業を受け、受験の時は「その前からある程度勝負が決まっている」という地獄が待っています。私はこれを某遊戯王カードの六〇星の呪縛ならぬ調査書の呪縛と呼ぶこととします。

 

5.調査書の呪縛の影響

5.1.教育を受ける権利を高校進学のための義務へと歪曲させる

 この調査書の呪縛を教育を受ける権利という視点で考えれば、教育は受ける権利であったのに、高校進学のことを考えると学校に行かなくてはならないという教育の義務状態に陥らせています。

 

5.2学校教育の千日回峰行化

 千日回峰行という言葉を知っていますか?それは、比叡山延暦寺で行われる修行で千日にわたり行われる厳しい修行です。体調の良し悪しに関わらず修行を続けなければならないもので、途中で断念する人は自害しなければならないらしいです。ちょうど今日テレビでやっていました。

matome.naver.jp

 調査書を優先するのであれば、風邪を引いても怪我しても、学校に行かなくてはなりません。足を骨折しようとも体育は厳しいですが、他教科は可能であるため行かなくてはなりません。もちろん自害しなくてはならないほど学校教育は厳しくありません。しかし、「行きたくない」、「病気」といった理由で学校に行かなければ、当然ですがその日に行われた授業に参加することができません、あるいは参加したことにはならないのが現状です。(世の中便利になってビデオ通話が出来る、SkypeやLINEなら無料で通話出来るというのに、その場にいなければならない。)

 

 

5.3学校教育で行われる教科の神格化

 どんなにフランス語ができようと中学校では英語ができなければなりません。(受験ではある程度範囲がありますが、あまり人気ではない、例えばウルドゥー語で受験できるかどうかは定かではありません。)フランス語の能力を英語の能力として置き換えるようなシステム、大学で言えば「単位互換」のようなものはありません。教科の勉強さえできていればいいのです。

 学校を休んでフィールドワークに出かけてどんなに偉大な発見をしたところで、授業に出ずに教科に歯向かっているんですから、調査書における教科の評価にの面では不利に働いてしまいます。

 

6.提案:高校受験における調査書の廃止

 

 受験における調査書のせいで学校教育は学校脅威苦になっています。「学校の成績悪くても勉強頑張ればあの高校に行ける!」といった夢が見られません。授業の中でしか学ばせてくれないような構造になっていますが、学校教育は教育の全てではありません。学校の外でも学べることは沢山あります。学校以外でしか学べないことだって沢山あります。それでも学校の中になんとかして引きこもうとする学校脅威苦。必要になったら戻れるような居場所へと早くなってもらいたいものです。

 

眠いので提案についてあまり考えられず頓挫・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:学校の社会的機能:①社会化②選抜・配分③正当化